京都大学 川上浩司 2019年3月18日
今後の20年で、医療の環境、医師の働き方や役割は大きく変貌すると考えています。人口の減少や予防医療の進化は、患者数そのものの減少を招きます。すると、人口比あたりの医師の数は過剰となります。そのように医師が余るような状況になり、さらに、極めて遅れている医療現場をとりまくIT環境の進歩やAIの導入が進むことによって、たとえば、AI診療補助システムによってエビデンスに基づいた鑑別診断の提示、診療方針、クリニカルパスの運用などが実施されるようになり、医師にとっては合理的な働き方となるでしょう。一方で、そのような環境下では、医師の能力や治療行為には差がつきにくくなります。するとどのように医師の差別化が起きるでしょうか。
私は、9割の医師は、診療補助システムの恩恵により的確なエビデンスに基づいた医療行為に差がつかない中で、患者に寄り添って背中をさすることが出来る医師こそが重要視されるのではないかと思っています。まさに赤ひげの時代の再到来です。残りの1割の医師は、そのようなAI診療補助システムへのEBMのためのエビデンスの取り込み、アルゴリズム作成、他のシステムとの連携など、大多数の医師たちの医療の根幹を支えて生み出すような役割を果たすのではないかと思うのです。当然のことながらエビデンスとは疫学研究に基づくものですから、疫学の知識があり、そしてITのリテラシーがありプログラム開発などのSEとしての能力も兼ね備えた医師こそが、医療の中心として支配的に活躍する時代が来るであろうと考えています。
また、蛇足ですが、医療をめぐるIT環境の進歩によって、すでに始まっていますが、モニターの仕事の廃絶やCRFの全自動化などによる臨床試験の電子的変革、臨床試験から電子診療情報ベースのデータベースを用いた観察研究への転換、市販後におけるデータベース分析のPMSなども一般化することでしょう。
さて、私は、人生の健康の歴史を紡ぐライフコースデータの基盤構築に血道を上げて取り組んでいます。具体的には、全国の自治体と連携調印して、法に則って実施されていながらも、受診勧奨にしか役に立っていない母子保健や学校健診の情報をデジタル化、データベースを構築し、個人や地域に対して、健診の分析を返還し、かつ将来にわたり自分の健診記録を携帯端末で保管閲覧できるという機能を無償で提供しています。本事業では現在全国約120自治体と連携していますが、20年後には、日本全国が網羅され、国民一人一人が一生を通じて健診や医療の情報を閲覧所持し、さらにデータベースを用いることで、デジタルコホートを用いた予防医療や難病の理解、創薬のための新しい医学研究が振興することでしょう。