京都大学 川上浩司 2009年6月29日
産学連携による基礎科学技術研究の成果の応用化を考える際には、大学など研究機関と開発の受け皿としての企業とのマッチングは重要である。しかしながら、技術の新規性が高く企業でも当該品目の開発ノウハウに乏しい場合や、企業として株主への説明が困難となる場合などは、迅速に開発の受け皿の機能を果たすことが出来ないこともある。
すなわち、既存の企業の守備範囲では新規技術の応用化が困難である場合には、開発の受け皿を既存の枠組み(既存企業)から選ぶのではなく、新規に創出することが必要となる。つまり、研究機関発のベンチャー企業が創出され、初期開発を担い、既存企業が後期開発を引き継ぐためのリスクをシェアすることは大変に重要である。優れた科学技術研究の成果を、その特許保護期間(20年)のうちにきちんと応用化して、国際的な産業へと育てていく、そして得られた収益がひいては日本国民(納税者)に還元されていくためには、大学発ベンチャーは本当に重要であり、その起業への啓発や、運用を弾力的に行っていく必要がある。
このような大学発ベンチャーの成功のためには、大学とベンチャー企業との共同研究、情報交換とともに、技術の強みと弱みを最も理解しているシーズ研究者が当該企業の事業に取締役として就任し、出資が可能であれば事業を主導できる十分な株式シェアをもって、研究開発にきちんと関与していくことが必要である。そこの部分がしっかりみえていないと、ベンチャー企業は大学やシーズ研究者からはしごを外されたように見えることもあり、ベンチャーキャピタルなどの投資家からの十分な経済支援や、各種のインフラ構築における十分な支援を得ることができない可能性もある。ひいては優れた科学技術研究の成果を大学からベンチャー企業、既存企業へとひきついでいくことが叶わずに、せっかく文部科学省などからの支援をうけ公的研究費が投入された研究であっても、社会的にも経済的にも国民に広く還元できないということになってしまうことを危惧している。
また、大学の研究者にとって、自分自身の分野の基礎研究に没頭することは重要ではあるが、研究開発の全貌に関与することで大学の研究がどのように社会で利用されていくかを学び、今後の研究の方向性に肉付けをすることもできるようになる。
レギュラトリーサイエンスとは、医薬品、食品、環境物質など、人体などに影響がある物質の適正かつ安全な使用のために、その基準値、安全性・有効性の評価、対応、上位では行政施策やシステムのあり方について、実験室での研究(ウェット研究)や社会学的研究・疫学研究(ドライ研究)、臨床研究を通じて検討していく分野である。ゆえに、行政施策や社会に対してきちんと正確な知見を情報発信していくことも重要である。
さて、レギュラトリーサイエンスというと、和訳直訳すると「規制科学」と訳されることから、規制をしてイノベーションの確度を落としてしまうような印象を与えることもあるが、これはまったくの誤りである。たとえば、再生医療などに用いられる新規性の高い細胞を医療応用化する場合、その細胞が本当に目的臓器を形成するのか、癌化しないのか、感染症のリスクはどうなっていくのかといった懸念事項をクリアしない限り、規制当局からの承認を受けることは出来ない。そのため、研究開発の各段階において、同じ時間軸でその評価系も構築し、動物実験や臨床試験データから安全性の情報を取得していく、またその科学的結果を行政・規制のガイドラインへと反映し、承認を迅速化していくという考え方は、国際的にも推進されているところである。
わが国においても、レギュラトリーサイエンスの真の重要性を理解し、この領域を産官学ともに推進していかない限りは、せっかく日本発の優れた研究があっても、応用化の出口部分で時間をとられてしまって国際競争に敗北してしまうことになる。とくに日本の場合、ライフサイエンス分野では、Investigational New Drug (IND)のシステムの導入、体制の改革も含めて早急に推進する必要があろう。
イノベーションの確度をあげるためには、とにかく蛸壺に入らずに世界中の様々な考え方や価値観に触れることは重要である。そのために、大学において外国からの教員を増やすようなインフラ整備をして、学生がコミュニケーションを積極的に出来るように訓練をうけ、また多くの若手人材が国内の就職でなく海外で就職する、外貨を稼せぐ、ひいては日本に戻ってさらに日本を活性化するという国際化対応のサイクルが重要である。それは将来的に魅力のある日本に優秀な人材が海外から集まってくるための布石ともなろう。